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ハリガネムシはなぜカマキリを操れるのか?遺伝子移転から見える寄生虫の驚きの進化

目次

はじめに

秋になると、カマキリのお腹から細長い黒い虫が出てくる動画や写真を見たことがある人もいるかもしれません。
その虫がハリガネムシです。

ハリガネムシは、カマキリなどに寄生する生き物です。とくに有名なのは、カマキリの体内で成長したあと、カマキリを水辺へ向かわせ、水に入らせることです。

では、なぜハリガネムシは、陸上で暮らすカマキリを水辺へ向かわせることができるのでしょうか。

長い間、「寄生虫が宿主の行動を操る」と言われてきましたが、その分子レベルの仕組みはよくわかっていませんでした。ところが近年の研究で、ハリガネムシの中にカマキリ由来と考えられる遺伝子が多数存在する可能性が示されました。

理研や京都大学などの国際共同研究グループは、ハリガネムシが宿主であるカマキリから大規模な遺伝子水平伝播を受け、それが宿主操作に関わっている可能性を報告しています。^1

この記事では、ハリガネムシとカマキリの関係を、「遺伝子移転」という視点からわかりやすく整理します。


ハリガネムシとは何か

ハリガネムシは、名前の通り、針金のように細長い体をした寄生虫です。
成虫になると水中へ戻り、そこで交尾・産卵します。

ハリガネムシの生活史は少し複雑です。

水中で生まれたハリガネムシの幼生は、まず水生昆虫などに寄生します。その後、水生昆虫が羽化して陸上へ移動し、その昆虫をカマキリが食べることで、ハリガネムシはカマキリの体内へ入ります。

カマキリの体内で成長したハリガネムシは、やがて外へ出なければなりません。
しかし、ハリガネムシが繁殖する場所は水中です。

ここで問題が起こります。

カマキリは陸上の昆虫です。普通なら、自分から水に入る必要はありません。
そこでハリガネムシは、宿主であるカマキリの行動を変え、水辺へ向かわせると考えられています。

つまり、ハリガネムシにとってカマキリの入水行動は、自分の生活史を完結させるために重要なステップなのです。


「寄生虫が宿主を操る」とはどういうことか

「カマキリを操る」と聞くと、ハリガネムシがカマキリの脳をリモコンのように直接操作している姿を想像するかもしれません。

しかし、実際にはもう少し複雑です。

生物の行動は、神経、ホルモン、感覚、筋肉の動きなど、さまざまな仕組みによって決まります。寄生虫が宿主の行動を変える場合も、何らかの物質を作り、それが宿主の神経や感覚に影響している可能性があります。

今回の研究で重要なのは、カマキリが入水行動を示すとき、明確な遺伝子発現の変化が見られたのは、主にカマキリ側ではなくハリガネムシ側だったという点です。^2

これは、ハリガネムシが体内で何らかの分子を作り、それがカマキリの行動変化に関わっている可能性を示しています。

簡単に言えば、ハリガネムシはカマキリの体内で、カマキリの行動に影響を与える「何か」を作っているかもしれない、ということです。


遺伝子水平伝播とは何か

ここで出てくる重要な言葉が、遺伝子水平伝播です。

ふつう、遺伝子は親から子へ受け継がれます。
たとえば、親カマキリから子カマキリへ、親ハリガネムシから子ハリガネムシへ、という流れです。

これを垂直伝播といいます。

一方で、まったく別の生物の間で遺伝子が移ることがあります。
これを水平伝播といいます。

たとえるなら、垂直伝播は「親から子へ受け継がれる家系の情報」です。
水平伝播は、「別の家から設計図の一部が移ってくる」ようなものです。

細菌では、遺伝子水平伝播は比較的よく知られています。たとえば、薬剤耐性に関わる遺伝子が細菌同士で広がることがあります。

一方、ハリガネムシとカマキリのような複雑な多細胞生物の間で、宿主操作に関わる可能性のある遺伝子水平伝播が見つかったことは、とても興味深い発見です。


カマキリ由来と考えられる遺伝子がハリガネムシに見つかった

研究チームは、ハリガネムシとカマキリの遺伝子発現を詳しく調べました。

その結果、ハリガネムシの遺伝子の中に、カマキリの遺伝子とよく似たものが多数見つかりました。

理研の発表では、アミノ酸配列とDNA塩基配列の両方でカマキリと高い相同性が支持された1,342個の遺伝子を、カマキリからハリガネムシへの水平伝播候補としています。^1

ここで大切なのは、これらが「確定した移転遺伝子」と断言されているわけではなく、あくまで水平伝播候補として示されている点です。

また、宿主操作に関係していそうなタイミングで発現量が変化したハリガネムシの遺伝子の中には、カマキリの遺伝子とDNA配列レベルで非常によく似たものが多く含まれていました。さらに、それらの中には、カマキリの行動操作に関係し得る機能を持つものも見いだされています。^2

つまり、ハリガネムシは進化の過程で、カマキリ由来と考えられる遺伝子を取り込んだ可能性があります。そして、その一部がカマキリの行動を変える仕組みに関わっているのではないかと考えられているのです。


ハリガネムシはカマキリの「操作マニュアル」の一部を手に入れたのか

この話をわかりやすくたとえるなら、ハリガネムシはカマキリの体を動かすための「操作マニュアル」の一部を手に入れたようなものです。

もちろん、本当にマニュアルがあるわけではありません。

しかし、カマキリの神経や行動に関わる仕組みに近い遺伝子をハリガネムシが持っていれば、カマキリの体内でカマキリに影響を与えやすくなる可能性があります。

たとえば、宿主の神経系や感覚の仕組みに関わる分子に似たものをハリガネムシが作れば、カマキリの行動を少しずつ変えられるかもしれません。

この場合、ハリガネムシは外から無理やり命令しているというより、カマキリの体内の仕組みに入り込み、カマキリ自身の反応を利用していると考えるとわかりやすいでしょう。


「今のカマキリから遺伝子を盗んでいる」わけではない

ここで注意したいのは、ハリガネムシが今まさに寄生しているカマキリから、その場で遺伝子を吸い取っているわけではないということです。

研究で考えられているのは、もっと長い進化の話です。

過去の長い時間の中で、カマキリの祖先や近い宿主から、ハリガネムシの祖先へ遺伝子が移った可能性がある。
その遺伝子がハリガネムシの子孫に受け継がれ、少しずつ蓄積されてきた。
その結果、現代のハリガネムシが宿主操作に関わる可能性のある遺伝子を持つようになった。

このように考えられています。

つまり、これは一匹のカマキリと一匹のハリガネムシの間で、その場で起きている短期的な現象ではありません。進化の歴史の中で起きた可能性のある出来事なのです。


なぜカマキリは水辺へ向かうのか

ハリガネムシに寄生されたカマキリは、水辺へ向かい、水に入ることがあります。
これはハリガネムシにとって非常に都合のよい行動です。

なぜなら、ハリガネムシは水中でカマキリの体外へ出て、繁殖へ向かうからです。

では、カマキリはどうやって水辺へ導かれるのでしょうか。

別の研究では、ハリガネムシに感染したカマキリが、水面からの反射光に多く含まれる水平偏光に引き寄せられ、入水行動に至っていることが報告されています。^3

水平偏光とは、光の波の向きが一定方向にそろった光のことです。水面はこのような光を反射しやすいため、カマキリが水辺を見つける手がかりになっている可能性があります。

簡単に言えば、ハリガネムシはカマキリの「光への反応」を変え、水面らしい光に向かわせている可能性があるのです。

ただし、この水平偏光の研究は、カマキリが水辺へ向かう行動の手がかりを説明するものです。
一方、遺伝子水平伝播の研究は、ハリガネムシが宿主操作を可能にした分子・進化的背景を説明するものです。

つまり、水平偏光への反応は、遺伝子水平伝播そのものを直接証明するものではありません。
両者は関係する可能性はありますが、説明している焦点が少し違うのです。


この研究がすごい理由

この研究が興味深いのは、単に「ハリガネムシはカマキリを操る」という不思議な現象を紹介しているだけではありません。

重要なのは、宿主操作の背景にある分子レベルの仕組みに迫っている点です。

これまで、寄生虫が宿主の行動を変える例は知られていました。
しかし、「なぜそんなことができるのか」「どのような遺伝子や分子が関わっているのか」は、まだ多くが謎でした。

今回の研究は、ハリガネムシが宿主であるカマキリから取り込んだと考えられる遺伝子を使い、宿主操作を成し遂げている可能性を示しました。^1

これは、寄生生物が宿主を操作する仕組みを、進化と遺伝子の面から理解する重要な手がかりになります。


生命は思った以上につながっている

この話が面白いのは、「生物の境界」が私たちの想像よりも柔らかいことを示している点です。

私たちはふつう、カマキリはカマキリ、ハリガネムシはハリガネムシ、と別々の生き物として考えます。
もちろん、それは間違いではありません。

しかし、遺伝子の世界では、まったく別の生き物の間で情報が移ることがあります。
その情報が進化の中で利用され、新しい能力につながることもあるのです。

ハリガネムシの場合、宿主であるカマキリ由来と考えられる遺伝子を持っています。
その一部が、カマキリを水辺へ向かわせるという驚くべき行動操作に関係しているかもしれません。

これは、進化が単純な「親から子への受け継ぎ」だけで進むのではなく、生物同士の関係の中で複雑に進んでいくことを教えてくれます。


まとめ

ハリガネムシとカマキリの関係は、単なる「寄生するもの」と「寄生されるもの」というだけではありません。

ハリガネムシはカマキリの体内で成長し、最後にはカマキリを水辺へ向かわせます。
その背後には、ハリガネムシが作り出す分子がカマキリの行動に影響している可能性があります。

さらに、ハリガネムシの遺伝子の中には、カマキリ由来と考えられるものが多数見つかっています。
研究では、カマキリからハリガネムシへの水平伝播候補として、1,342個の遺伝子が示されました。

ただし、これは「今いるカマキリから遺伝子を盗んでいる」という意味ではありません。
長い進化の歴史の中で、宿主由来の遺伝子がハリガネムシ側に移り、それが受け継がれてきた可能性がある、という話です。

つまり、ハリガネムシはカマキリを操るために、カマキリの仕組みを外から観察して覚えたのではありません。
進化の過程で、宿主由来と考えられる遺伝子を取り込み、それを自分の生存戦略に組み込んだ可能性があるのです。

ハリガネムシとカマキリの関係は、自然界の残酷さだけでなく、生命進化のしたたかさと奥深さを感じさせる現象だと言えるでしょう。


参考文献

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京都大学
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この記事を書いた人

人間とは何か、暮らしとは何か。
そんな関心を出発点に、農・経済・歴史・生活・哲学・科学を横断しながら書いています。
食や土地の話を入口に、制度や社会の動きを見つめ、歴史の流れをたどり、哲学で問いを深め、科学で確かめる。
一念三千を胸に、日々のことを少し広く、少し深く考えるブログです。

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